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野首海水浴場(野首海岸)・野首集落
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野崎島の野首集落
野首集落は、野崎港から西へ徒歩20分ほどの位置にありました。野崎集落とは違い、廃村になった時期が早かったため、原形をとどめている住居跡はありません。
野首集落には、観光の拠点となっている自然学塾村や、人気観光スポットである旧野首教会があり、野崎島を訪れる人なら、一度は足を運ぶエリアです。
野崎港~野首集落を結ぶ道は、舗装されていて、自然学塾村の軽トラックが行き来できる程度の道幅が確保されています。ただ、道のりは平坦ではなく、一山越えるくらいのアップダウンがあります。
野首集落の起源は、江戸時代後期に移住してきたキリシタン(2家族7人)だといわれています。現在は「野首」と表記しますが、昔は「野久尾」と書いていたそうです。
野首集落には、戦後28戸171人が暮らしていたとされていますが、その後急激に過疎化が進み、昭和46年に最後の6世帯が野崎島を離れ、廃村となりました。離村した理由ははっきりしていませんが、神官が起源の野首集落に対して、キリスト教徒が起源の野首・舟森の住民たちは、居心地が悪かったのでは、と推測されています。
野首集落へ向かう途中、左手に見える美しい砂浜が野首海岸です。自然学塾村から下る道があり、夏場は海水浴を楽しむこともできます。
山を登ったところに、貯水槽とポンプ小屋を見つけました。これらは現役で稼働している施設で、現状、島内向けでは唯一の水道施設となっています。ただ、大雨で貯水槽の管が度々流される被害があり、対応策を検討中とのことです。実は、野首集落の西側には、小値賀島向けに造られた「野崎ダム」があり、将来的には、この水を融通できないかという案が考えられているようです。
野首集落の段々畑の跡が見えてきました。
野首の段々畑で作られていた主な作物は、大根、人参、サツマイモだそうです。また、鹿の食害を防ぐため、葉物野菜は集落近くで栽培されていたとのこと。
野首海岸
自然学塾村を過ぎて海側へ進むと、野首海岸へ下る細い道があります。道はそのまま砂浜へ滑り落ちる形で続いています。
野首海岸は、波の静かな美しい海岸です。約300メートルに渡って、白い砂浜が続いていて、海の色は透き通っています。
基本的に、朝と昼の2便の船でしか人の出入りが無いため、海岸はいつも静かで、プライベートビーチのようでした。
晴れた日の早朝には、美しい朝日を望める絶景スポットになるそうです。自然学塾村から近いですし、宿泊するなら良い撮影スポットになりそうです。
- 探索日
- 2015/05/01 - 02
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