化女沼レジャーランド 旅行・観光ガイド ブログ
化女沼レジャーランド バスツアーに参加
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化女沼レジャーランドについて
化女沼レジャーランドは、宮城県大崎市の化女沼湖畔にあった遊園地です。1979年に「化女沼保養ランド」として開園、最盛期には年間30万人が訪れる人気の観光施設だったそうです。
バブル崩壊とともに経営が悪化し、2001年に休園後は、そのまま再開することなく、閉鎖されました。跡地は現在も手付かずのままの廃墟となっています。
化女沼レジャーランドの敷地内には、当時の遊具が撤去されずにそのまま遺されており、テレビでもその様子が紹介されたことから、廃墟スポットとして、マニアの間で聖地となりました。また、隣接する化女沼の「伝説」も相まって、心霊スポットとして取り上げられることもあります。
こうした背景から、一部マニアの不法侵入が耐えなかった当園ですが、近年は地元の旅行会社「たびのレシピ」がバスツアーを企画するようになり、「合法的に」園内への立ち入りが可能になりました。
バスツアーに参加
- 仙台駅からバスに乗車。
今回参加したのは、たびのレシピが主催する「廃墟解放 化女沼レジャーランド 1日間~トワイライト~」というツアー。現地集合で税込み7,300円です。13時過ぎに仙台駅に集合し、用意されたバスに乗車します。
話を聞くと、関東からの参加者が大半を占めているようで、当日東京から来る場合でも、余裕のあるスケジュールで組まれているようです。私も、当日東京を出発し、この日仙台に一泊して、翌日は仙台市内を観光する旅程でした。
化女沼レジャーランドに向かう途中、バスはパーキングエリアに立ち寄り、トイレ休憩を挟みます。化女沼レジャーランドに到着したのは、15時ごろ。まずオーナーさんから1時間ほど施設の説明を受け、その後自由時間となります。バスが出発するのは19時ですが、日没が18時半ごろのため、実質的にはあまり時間がありませんでした。
- 夕食として幕の内弁当が配られた。
ツアーは、夕食付きということで、行きのバスの中で「幕の内弁当」とお茶が配布されました。ツアーの趣旨としては、夕日に包まれた園内で、お弁当や持ち込んだ飲食物で自由に過ごしてください、というもの。しかし、自由時間は日没を考えると2時間程度とタイトなため、園内で食事をして過ごしていた人はほとんどいなかったと思われます。私も、時間いっぱい撮影をしたかったので、最初から弁当は帰りのバスで食べるつもりでした。
化女沼レジャーランドに到着
東北自動車道の長者原IC(スマートIC)から車で3分ほどの地点、農地や森林の間を走る県道266号線沿いに、化女沼レジャーランドの入り口は突如として現れます。入り口には、現在も大きな門が建っていて、我々を出迎えてくれます。園内は森林に囲まれ、道路から内部の様子を覗うことはできません。
門をくぐると、すぐに園内か、と思いきや、長いアプローチが続きます。両脇に背の高い樹木が並び、ヨーロッパの農村を思わせる自然豊かな風景です。
化女沼レジャーランドが、単なる遊園地ではなく、化女沼湖畔の豊かな自然を活かしたテーマパークであることが感じ取れます。
- 私有地のため、通常であればこの先は立入禁止となる。
しかし、ここが年間30万人を集めた人気施設だったとは思えません。もしかすると、道は轍がある部分だけでなく、横の敷地を含めてもっと広かったのかもしれません。後述しますが、この施設を造ったのは、個人のオーナーだったため、建設費削減のために、道路の舗装などに手が回らなかった可能性も考えられます。
しかし、まあ、とにかく敷地が広いです。
オーナーさんの話だと、4万5千坪あるらしく、当時はバブル期だったため、今よりも融資のハードルは低かったようです。
ゴルフ練習場
- 正面ゲートを抜けて最初の建物が見えてきた。
正門から徒歩3分で、ようやく最初の建物が見えてきました。通常は車で訪れるはずなので、歩いていくことは想定されていないのでしょう。鳥居のような朽ちた構造物があり、ここから内側に施設群があるようです。
「当園に食物・飲物のお持ち込みは御遠慮下さい。」との但し書きがありましたが、当時は園内に飲食店が充実していたということなのでしょう。今回はむしろ飲食物持ち込み自由のツアーなので、なんだか皮肉です。
- 鳥居のようなゲート付近がバスの待機場となっていた。
ちなみに、ツアーのバスは、入り口に最も近いゴルフ練習場の売店前に停車していました。園内に使用できるトイレが無いため、バスは、1時間おきに近くの長者原サービスエリアまで往復してくれます。
売店の建物の近くには、飛行機型の遊具が残されています。これは、実際に使われていた小型飛行機「FA-200」を遊具に転用したものだそうです。
営業していた頃は、チケットの購入が必要なちゃんとした遊具だったみたいです。
さて、売店に入ってみます。
建物は意外と広く、ゲームコーナーもあったようです。敷地内で売店と名乗っている施設は、入り口近くのここだけなので、お土産や軽食を求める客で賑わっていたのかもしれません。
売店とシャッターを隔てた区画にゴルフ練習場の受付があります。ゴルフ練習場は、売店に隣接していて、受付カウンター脇の階段で繋がっています。
受付カウンターには、貴重品入れと思われる小型のロッカーが並んでいます。靴が無造作に置いてありますが、貸しシューズでしょうか。
では、受付脇の階段を下ってゴルフ練習場に入ってみます。
屋根は剥がれてしまっていますが、売店から屋根付きの階段が続いています。植物に侵食されつつありますが、問題なく通れました。
階段を下り終わると、そこはゴルフ練習場の2階。打席は2階建てになっているようです。2階の打席は、割ときれいなまま残っていました。
- ゴルフ練習場は2階建てになっている。
- 練習場の防球ネットは外されているが、支柱は健在。
ゴルフ練習場の敷地はほとんどが草に覆われていました。打席が並ぶフロアにも草が侵食してきており、外と一体化しつつありました。
ゴルフ練習場は、屋根があるとはいえ、吹きさらしの屋外なので、荒廃が早そうです。ぶら下がっている時計も派手に破壊されていましたが、恐らく強風などによる自然損壊ではないでしょうか。
打席フロアの1階に下りてみましたが、こちらは、草の侵食がなかなかヤバい状況です。草が繁茂する地面とフロアが近いため、ツタ植物が打席を覆い隠しつつあります。敷地を覆う雑草も、意外と高さがあることに驚きます。除草しようと思ったら、結構大変そうです。
建物から少し離れたところから眺めてみます。
ゴルフ練習場の敷地の隣は来園者向けの駐車場となっていて、広いスペースが確保されています。しかし、長年メンテナンスをしていないため、舗装が割れてガタガタになってきています。
駐車場から眺めると、ゴルフ練習場の鉄塔の大きさが実感できます。
なお、ゴルフ練習場の北西には、かつて「化女沼レジャーパークゴルフ場」がありましたが、現在は雑草に覆われてしまっています。
よく見ると、防球ネットは完全に外されたわけではなく、まだ支柱にぶら下がっている状態です。また、支柱同士を繋ぐロープもそのまま残っているので、もしかすると、ロープを引っ張れば、割と簡単にネットを張り直すことが可能なのかもしれません。
ただ、今後半永久的に使わないのであれば、風に煽られやすいネットは外しておいたほうが安全かもしれませんが。
温泉について
ところで、ここ化女沼レジャーランドには、天然温泉が湧いているそうです。この温泉に関しては、実は閉園後に採掘したもので、まだ使いみちが決まっておらず、誰もいない遊園地に温泉が湧き続けているという奇妙な状態になっています。
温泉の湧出量は、1分間に1,000リットル。とても良い泉質だそうで、年3回の検査も続けており、きっちりと管理されています。
なぜ閉園後に採掘することになったのでしょうか。
- 園内の通路は雑草に覆われてジャングルのようになりつつある。
もともとは、遊園地がまだ営業中だった頃に、立地する大崎市のお金で調査を行ったそうです。すると、「100%出る」という結果に。ところが、市のお金で調査をしたため、採掘した場合の源泉は、市に権利があると主張され、なかなか事業化に踏み切れなかったようです。
その後、遊園地は閉園。調査の実施から10年が経過し、もう時効だろうということで、改めて後藤社長が動き出しました。調査を担当した横浜の採掘会社に連絡し、後藤社長個人として採掘を依頼したそうです。
650メートル掘り進めたところで、見事51℃の温泉が湧出。社長は、「営業中に出ていれば」と悔しさを滲ませてお話していました。
- 化女沼パークホテルまでは車が通行できるようになっている。
現在、後藤社長は、化女沼レジャーランドの売却先を探していますが、「温泉も出るし、高速のインターも近い。もうちょっと投資すれば、十分事業として再開できる」と語っています。
野外ステージ
最盛期には、年間20~30万人が訪れ、大崎地方では人気スポットとなっていた化女沼レジャーランドでは、数々のショーやコンサートが開催されていました。敷地内には、野外ステージがあり、収容人数は2,000人とも言われます。
野外ステージがあるのは、化女沼パークホテルの手前。ホテルに隣接する形で立地しています。
野外ステージは並木で空間が区切られていて、入り口には受付やチケット売り場に使えそうな小屋があります。
木漏れ日が注ぎ、敷地内は落ち着いた雰囲気です。
- 野外ステージは斜面を利用して客席にしていた。
遠くから見ると、ステージを囲むように緩やかな斜面になっていて、地形を上手く利用していることがわかります。
野外ステージは、普段子ども向けのキャラクターショーが行われ、多くの家族連れで賑わったそうです。また、1982年6月27日には、当時人気だったロックバンド「ゴダイゴ」による1千人規模のコンサートも行われたとのこと。当時の繁盛ぶりが窺えるエピソードです。
ステージに立ってみると、非常にシンプルな造りであることがわかります。
まず目につくのが、中央にそびえるコンクリート製の3枚の壁です。真ん中の壁がやや奥まっていて、その隙間から演者が登場するという使われ方が想像されます。ただ、この背後にこれといった設備が用意されているわけではないため、主催者側で舞台袖~控室の空間を確保する必要がありそうです。
- 照明や音響設備などに使えそうな支柱が立っている。
続いて気になるのが、白い支柱です。スピーカーや照明器具の固定に活用できそうですが、ちょっとした小道具や装飾をぶら下げることもできるかもしれません。
しかし、これだけ空間が開けていると、緞帳を下ろしたり、凝った演出をするのはなかなか難しそうです。ちょっとした大道芸や、キャラクターショーくらいが限界ではないかという感じがします。
ステージ脇の少し離れた場所に、入り口にあったものより少し大きめの小屋があります。演者の控室なのか(それにしては小さい気もします)、それとも観客向けの売店でしょうか。
- 現役当時は観客席があったらしい。現在は、草原が広がるのみ。
自然の地形を活用しているということもあり、シンプルなステージに対して、観客席は結構広いです。ただ、現役当時は観客席もあったようですが、現在は草に埋もれてしまったか撤去されており、どの範囲までが座席だったのかはわかりません。
この野外ステージ、改めてきちんと整備をすれば、イベントや行事でも活用できそうだと思いました。
- 探索日
- 2016/08/20
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